『炎環』は、頼朝挙兵から北条義時が実権を握るまでを描いた歴史小説で、直木賞受賞作。それぞれ別々の人物を主人公にした全四編の連作短編集。それぞれの主人公は以下の通り。
最初の二編で主人公を通して頼朝を描くというのが一つの主眼かと思ったけど三編目で違った。三編目はコケティッシュな女の無邪気な残酷さみたいなものがメインテーマになってると思う。
源氏について
頼朝は卑屈で優柔不断な人物として描かれてる。自身の権力基盤の弱さを自覚してたからかも知れない。自分が思う源氏衰退の要因は主に四つ。
- 兄弟間のつながりの弱さ
- 主従間の関係の弱さ
- 頼家が暗愚だったこと
- 北条政子が側室を認めなかったこと
まずは兄弟関係について。二十年会ってなくて、大人になってからほとんど初めて会うような兄弟の間で、お互いに信頼し合えなかった。特に権力奪取後。義経は一般的には美化されすぎな気がするけど、野心が無かったと言えるだろうか。少なくとも同時代を生きた頼朝に不安感を与えたわけで。ただ、範頼は殺さなくても良かったんじゃないかと思う。とにかく、この二人を殺したことで源氏全体で見れば弱体化した。
主従関係について。頼朝が挙兵した時点で、源氏にならともかく、頼朝に御恩のある御家人は一人もいない。頼朝には源氏嫡流という血筋しかない。頼朝は都合のいい旗印として御輿に担がれただけかも知れない。
頼家については、能力とは関係なく、ただ自身の権力基盤の弱さを自覚してなかったという一点だけで暗愚と呼ぶに値すると思う。後ろ盾となるべき梶原が排除されたり、比企が北条に滅ぼされたりというのは不運もあったのかも知れないけど。
側室に関しては、これは政治的なイシューであって、焼きもちでどうこうするような問題じゃないと思うんだけど。この問題さえなければ一番目と三番目の問題はたいした問題にならなかったかも知れない。ただ、この問題は二番目の問題とも関連して、源氏嫡流の血筋だけは残ってたけど、源氏という家は実質的に残ってなかったということなのではないか。北条政子は北条の女で源氏の女にはならなかった、という感じを受けたけど、源氏という家がなかったと考えれば腑に落ちる。
北条について
自分がこの時代で一番関心があるのは、武家による初めての長期政権である北条氏がどうやって実権を握ったのかということ。自分が思う要因は主に一つ
- 殺しまくったこと
もちろん有能な人材がいたということは当然の前提条件。敵対勢力を倒すという直接的な効果だけじゃなく、歯向かったらやられると思わせる副次的効果も大きかったんじゃないかな。この点で山口組と似てるなと思った。権力闘争の中ではわりと普通のことなのかも知れないけど。山口組と大きく違うのは、実行役をやっちゃうところ。山口組が鉄砲玉を消すということは多分ありえない。北条の場合はある程度の有力者にやらせてる(というか、公暁が実朝をやったように、この時代はそうだったのかな)ので、そこの違いかも知れないけど。
ちなみに実朝暗殺の北条黒幕説について永井は『美女たちの日本史』(中公文庫)で完全否定してる。