今でも、未開民族は素朴だとか、昔の人は善良だった式の(『三丁目の夕日』とかラフカディオ・ハーンのような)事実を無視したお話が流行っている。さらに、このように自分たちの文明を批判できる西洋はやはり優れているという含みさえ持ってしまい、それは今なお西洋を批判する西洋知識人の中にあり、それをありがたがる日本知識人にもある。自国の過去を批判することに汲々とする日本「左翼」知識人にもその嫌いはあって、しかも彼らは徳川時代をいつの間にかユートピア視しているのである。
小谷野敦『『こころ』は本当に名作か』p.77-78