『クラシックCDの名盤』のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの項目で中野雄(なかのたけし)が次のように書いている。
彼は当時ヨーロッパ屈指の名ピアニストだったから、聴力を失う壮年期以前の作品にはピアニスティックな見せ場がふんだんにある。譜面のタイトル表示も"Sonate für Klavier und Violine"である。従って、出来不出来の責任の半ば(過半と称しても言い過ぎではない)はピアニストの力量にかかる。
彼というのはもちろんベートーヴェンのこと。これを読んでへぇそうなのか、公生とかをりにもベートーヴェンのソナタを共演してほしいなとか思ってたんだけど、検索してみると例えばハイドンやモーツァルトの“ヴァイオリンソナタ”も同様に"Sonate für Klavier und Violine"と表記されていて、どうも便宜上“ヴァイオリンソナタ”と呼ばれてる曲は、おおむね“ピアノとヴァイオリンのためのソナタ”というのが正式な呼び方だと思ってよさそうだ。つまりコンクールなりよっぽどヴァイオリニストにスポットライトを当てたリサイタルでもない限り、ヴァイオリンだけが主役ということはないわけで、ヴァイオリンソナタなのにやけにピアノに見せ場があるなぁというあの違和感も、そもそもヴァイオリンだけが主役という勘違いから来てたものだったんだ。
“無伴奏ヴァイオリンソナタ”などという言い方も問題があるのではないかと思う。本来はヴァイオリン独奏のためのソナタとかソロヴァイオリンのためのソナタとするべきところを無伴奏としていることも、ヴァイオリンソナタにおけるピアノを伴奏=脇役と捉える勘違いに基づいていて、その微妙な訳がさらに勘違いを広めることになっているのではないかと。
『クラシックCDの名盤』に話を戻すと、中野はシェリング/ルービンシュタインの演奏を第一に挙げている。ピアノの重要性を強調した上でのこのチョイスは妥当だと思う。他にも何組か挙げてるうちのシゲティ/アラウのヴァイオリンソナタ全集を買った。
Violin Sonata, 5, 8, 9, : Szeryng(Vn)Rubinstein(P) : ベートーヴェン(1770-1827) | HMV&BOOKS online - 09026630402
Comp.violin Sonatas: Szigeti(Vn)Arrau(P) : ベートーヴェン(1770-1827) | HMV&BOOKS online - ATMCD1585
追記:
ツイッターで検索したらこんなツイートが見付かった。botだけど。
「ヴァイオリンソナタ」というとヴァイオリンが主役でピアノは伴奏との印象があるけど、ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」 第一楽章は2つの楽器が全く対等なんだ。
#君嘘bot
— 有馬 公生 (@Arima_april) 2015, 7月 10
アニメでもこのセリフあったのかな?クロイツェル第一楽章といえばアニメ2話目でかをりがコンクールで弾いて審査員を「冒涜だ」と怒らせてた。上でコンクールはヴァイオリンが主役みたいに書いたけど、取り立てて言うほど対等の色合いが強いのなら、それをコンクールの課題曲にしたということは、ピアノをいかに生かすかも審査の対象になってるのかも知れないなと思ったり。